« 今日読んだ本。No.32 | トップページ | 今日読んだ本。No.33 »

母親のこと

実家に帰って母親と数日過ごすのですが、わたしと母親は仲がいいわけではありません。もともとの価値観が違うというのもあるし、過去に少しわだかまりのもとになるようなことがあったためです。わたしもある程度成長して、家を離れました。(やはりこういう微妙な関係の人とはある程度距離を置いたほうがお互いのためにいいと思います)
わたしも成人して何年かたつし、いつまでも過去のことにこだわってるのも馬鹿らしいと思うのでいい関係を築いていけたらとは思います。しかし、家族といえども自分と母親はやはり違う人間なので、どうしようもないことはあるのです。

母親は介護の仕事をしていて、その施設のやり方や人間関係に悩んでいます(というか、自分で悩みを作ってしまっているようにしか見えないのですが)母親はネガティブです。いつも人のせいにしています。そして、家族なんだから何をしても許されると思っています。
いつも大きなため息をつきます。わたしはそれを無視します。そのあとはただの悪口や愚痴しかないからです。それはわたしの小さい頃から変わりません。なぜ人に対してネガティブな空気を発することが平気なんだろう、と疑問です。

実家に戻って2日くらいはなんとかお互いを刺激することもなく過ぎたのですが、(母親の仕事も休みでしたし。ため息はつきっぱなしでしたが)今日はだめでした。仕事から帰ってきた母はまたこれみよがしに大きなため息を何度もつき、「仕事仲間の程度が低い」「あんな職場ありえない」「あんなところではスキルアップできない」そして「なぜわたしの人生はうまくいかないのか」とこぼします。

わたしも「なんかうまくいかないな」と思うことはたくさんあります。無気力に襲われてしまうこともあります。そして人を責めたくなるときもしょっちゅうです。しかし、何が原因なのか自分はどうしたいのかを自分なりに考えてみます(その答えが正しいかはわかりませんが)そうするとある程度の妥協点だとかそういったものも見えてくるし、そうこうしている間に気持ちも戻ってきます。これは母親だけに限りませんが、仕事に関してははっきり言って「そんなに嫌なら時間の無駄だしやめちゃえば」とも思います。内省する気もないのならいても仕方ないと思うのです。そこにとどまる、とどまらないを決めるのも自分が決めたことではないでしょうか。

わたしはまずため息を指摘し、「そんなに程度が低いならいっそ人間鍛錬の場だと思えば」と言いました(母親も違う職は探しているようですが、結局はあれこれ言い訳をしています)そして「江原(啓之)さんの本でも読めば」と言ったところ(母親は江原啓之ファン?で著作も読んでいるのですが、理解していないように思えたので)そうしたら「読んでるわ!」とキレて、携帯電話を投げつけました。そして全てのものに対する扱いが乱暴になり口をきかなくなり、仕舞いにはふて寝をしました。

わたしは「やっぱりなぁ」と思いつつ、傍らで本を読んだりテレビを見たりしていました。
実家に帰るといつもこんな感じです。母親はわたしに何を期待しているのでしょう。どんな話でも「うんうん」と思いやりを示して聞いてやり、不幸な母に同情し、全面的に味方をし、「母親ではなくて、まわりが悪いんだ」と言ってやればいいのでしょうか。わたしがそういった答えを用意しないのはもういい加減母もわかっているとは思うのですが、毎度毎度ため息をつき、訴えをしてくるのはなぜでしょうか。母親はわたしとの関係を改善したいのかしたくないのか、わからなくなります(一応彼女は改善を望んでいるようですが。それもわたしの態度が悪いためにままならない、と彼女は思っています)

正直母親の訴えを聞いていると、「もうさんざん生きていい年になってまだそんなことを言っているのか」とも思います。と同時にそういう態度に出るしかこの人は生きられないのだろうか、と思うとなんとなく哀れに感じたりします。ともあれ早く彼女が気づいてくれる日がくることを願うばかりです。

わたしもいい加減疲れてきました。

|

« 今日読んだ本。No.32 | トップページ | 今日読んだ本。No.33 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1241780/31185491

この記事へのトラックバック一覧です: 母親のこと:

« 今日読んだ本。No.32 | トップページ | 今日読んだ本。No.33 »